よりどりインドネシア

2017年09月22日号 vol.6【無料全文公開】

汚職疑惑地方首長の逮捕は続く(松井和久)

2020年04月18日 12:54 by Matsui-Glocal
2020年04月18日 12:54 by Matsui-Glocal

このところ、インドネシアのメディアをにぎわせているのが、地方首長逮捕のニュースです。汚職容疑、しかも現職のまま、贈収賄などの現場を抑えられ、現行犯逮捕されているのです。

地方首長を逮捕しているのは、警察ではなく、汚職撲滅委員会(KPK)と呼ばれる国家機関の捜査官です。このKPKは2002年に大統領直属の政府機関として設立され、盗聴、張り込み、おとり捜査などが可能な非常に強い捜査権限を持ち、一般市民からのタレコミ情報をもとにした捜査を踏まえ、贈収賄の現場を押さえる現行犯逮捕を何度も行ってきました。捜査官の一部は警察からの出向者ですが、警察からは独立した機関であり、警察に関わる汚職疑惑捜査の際には、警察と厳しく対立しました。

設立から現在までの間に、KPKが汚職事件で摘発した汚職犯は670人に上ります。その内訳は、国会議員・地方議会議員が134人、州知事が18人、正副県知事・正副市長が80人、民間人(実業家など)が170人、大臣や長官が25人、大使が4人、中間業者(Komisioner)が7人、上級官僚(Eselon I/II/III)が155人、裁判官が15人、その他が82人、となっています。

9月18日の内務大臣発言によると、これらのうち、現行犯逮捕された地方首長は77人で、何らかの汚職疑惑のある地方首長は300人以上いるということです。2016年末時点での地方政府の数は、州が34、県が416、市が98ですので、これだけ見ても、インドネシアの地方首長の過半数以上、実に7割近くが何らかの汚職疑惑があり、いつでもKPKの捜査対象になる状態なのです。

以下では、どの地方首長がなぜ現行犯逮捕されたのか、その背景はどのようなものなのか、見ていきます。 

 現行犯逮捕へ向かうKPK捜査員(Source: http://www.lampost.co/berita-istri-gubernur-bengkulu-kena-ott-kpk 

●2016年は10人、2017年はすでに6人が逮捕

KPKに汚職容疑で逮捕された地方首長は、2016年が10人、2017年が9月までで6人です。

2016年4月には、西ジャワ州スバン県知事が、自らの裁判で有利になるようにと検察へ贈賄しようとする現場を抑えられました。9月には、南スマトラ州バニュアシン県知事が事業で便宜を図ってあげた業者から収賄を受ける現場を逮捕されました。同様に、12月には、西ジャワ州チマヒ市長及び中ジャワ州クラテン県知事が、同様に事業者からの収賄の疑いで逮捕されました。

2017年に入ると、まず6月に、スマトラのブンクル州知事が道路改良事業に関して、業者から47億ルピアをコミッションとして受け取った収賄の疑いで妻とともに現行犯逮捕されました。翌7月には、東南スラウェシ州知事が、ニッケル鉱山開発を行う業者へ許可証を発行した見返りにキックバックを受けたとして逮捕されました。

さらに、8月には、東ジャワ州のマドゥラ島にあるパムカサン県知事が検察による村落資金流用疑惑の捜査をやめさせるために検察へ贈賄して逮捕されました。また、中ジャワ州テガル市長は、保健インフラ事業を請け負った業者から51億ルピアを受け取った収賄容疑で逮捕されました。9月の逮捕ラッシュは止まず、北スマトラ州バトゥバラ県知事は3つのインフラ事業に関わった業者から計44億ルピアを受け取る収賄の現場をKPKに抑えられました。そして、東ジャワ州バトゥ市長は、機材の納入業者からの収賄の容疑で現行犯逮捕されました。

●贈収賄の一般的な手口

これら地方首長の逮捕劇を見ると、贈収賄の一般的な手口が見えてきます。一つ目は、地方政府予算を使う事業に採択された業者からの収賄です。警察によると、その額はほとんどの場合、事業総額の10%だということです。受け渡しの場所の多くは、地方首長の公邸、ホテル・レストランなどですが、どこで起こりそうかという情報をKPKの捜査員が盗聴などで事前に察知して張り込むケースが多いようです。

事業総額の10%を為政者へ貢ぐ、という話を聞いて思い出したのは、「マダム・テンパーセント」と呼ばれたスハルト大統領の妻・ティン夫人です。それと同じことが、まだ起こっているのです。

贈収賄のカネは通常、紙袋などに包んでコソッと渡し、受け取った地方首長は早めに車や家などの資産購入に当ててしまいます。それでも、KPKの捜査員は、そうした資産だけでなく、地中に埋めた紙袋までも徹底的に探し出します。

二つ目は、検察に対する地方首長からの贈賄です。自身の汚職疑惑2カラム裁判での有利な判決を促す場合や、有罪判決が確実な場合にはその前に検察の求刑を軽くしてもらう、などの便宜を図るためのものです。

スハルト時代から、地方政府にはムスピダ(地方指導者会議)という組織があり、それは地方首長、地方議会議長、地方検察庁長官、地方警察長官、地方軍区司令官から構成されていました。ムスピダが地方での治安上の最高レベルの役割を果たすとともに、彼らの間で何か問題が起こっても揉消すことができたのでした。ムスピダ自体は今もまだ生きているため、彼らをめぐる汚職疑惑の多くが表沙汰にならない可能性があります。

三つ目は、おそらく逮捕された当人たちは、金額的に大したことはしていないという気持ちがあるかもしれません。実際、小さい事業だと、キックバックが10%としてもせいぜい1億ルピア程度だからです。スハルト時代だったら、それをプールして、政府内で全員へうまく配分したことでしょう。ムスピダががっちり守っていた過去を引きずる当人たちには、庶民感覚からは遠いにしても、大した額ではないという意識がまだ残っているように思えます。

●汚職が地方へ拡散した背景

1998年のスハルト政権崩壊後、インドネシアは民主化を進めてきました。その当時、民主化には公開性、透明性が求められ、様々ないわゆる「見える化」が進められてきて、自由化されたメディアの活動も相俟って、汚職しにくい状況を作っていけるのではないかという期待がありました。

民主化と同時に進められた地方分権化は、地方政府により主体的な行政と他の地方政府を意識した善政競争を促す一方、地方政府、とくに直接選挙で選ばれるようになった地方首長の裁量が拡大し、あたかも「王様」のように振る舞う首長が現れました。かつてのスハルトのミニ版という意味で「ミニ・スハルト」という呼称も現れ、権威主義が地方へ拡散したとも受け止められました。実際、中央でスハルト政権が倒れたものの、地方政府はスハルト政権崩壊前後で連続性を保ったため、権威主義的傾向はそのまま残り続けて、現在にまで至っているのです。

地方へ汚職が拡散したのは、地方分権化に伴って、中央から地方へ交付金や補助金などの形で資金の移転が増えたことと同時に、地方政府における支出マネジメント能力の欠如が大きな理由でした。地方分権化の議論の中で、地方政府の歳入をどのように増加させるかにばかり関心が集中し、その歳入をどのように使うかへの関心が疎かになったまま、現在に至った感が強いのです。

●汚職表面化のきっかけとなった地方首長直接選挙

そうはいっても、ムスピダの力が絶大で、地方政府関係者がほぼ全員、何らかの形で汚職の恩恵を受けていたならば、汚職がこれほど表面化することはなかったでしょう。スハルト時代の地方政府はそのような場所でした。南スラウェシ州知事のスピーチライターを務めていた友人は、政府内で昇級試験があった際、試験官に賄賂を支払わず、同期の中でただ一人昇級できませんでした。そのとき、他の仲間たちからその態度を馬鹿にされていました。ほどなく、彼は役人を辞め、ジャカルタへ移って、民間コンサルタントとして活躍していきました。地方政府ないから優秀な人材がそうやっていなくなっていくのです。

それはさておき、KPKがこれほど活躍するのは、誰かがKPKへチクっているからなのです。それは、以前のように、誰にもそれなりに平等に汚職の恩恵に預かれた世界が壊れ、恩恵に預かれる人とそうでない人との差ができて、不公正を感じるようになったためです。そのきっかけを作ったのは、民主化のシンボルとも言える地方首長直接選挙でした。

地方政府内には、様々な派閥があります。でも、地方首長が全体に目配せしながら面倒を見ていた頃は良かったのです。地方首長直接選挙になると、どの派閥がどの候補者につくかが明確になり、政府内にさざ波が立ってきます。そして選挙で勝負がはっきりすると、勝った側が主導権を握って、多くの場合、負けた側を排除し始めます。負けた側を応援した職員を閑職につけたり、場合によっては解任したりもします。

負けた側は次の5年後の雪辱を期すため、現職を貶める情報を躍起になって探します。それが汚職疑惑でもあろうものなら、嬉々としてKPKへ報告できるのです。

地方首長直接選挙に直接は関係しなくとも、自分だけが不公正な扱いを受けたと感じれば、その不公正を強いた相手の弱点を探し回ることはよくあることです。こうして、表向きはみんな仲良くでも、裏ではKPKへの密告合戦が起こっているのです。そして、そのためには、嘘情報を流してでも、相手を陥れようという動機が生まれてきます。

●汚職という文化はまだまだ発展する

インドネシアでは、「汚職は文化だ」という声をよく聞きます。文化というのは、それを残そうという人々の努力によって残っていくものでしょう。KPKの摘発が中央から地方へも広がり、摘発が厳しくなってくれば、それだけ、摘発を逃れるためのテクニックもまた発達してくるはずです。自分と同じような立場の人間がみんなやっていることならば、自分だけやめて損するようなことはしないはずです。

そうなると、汚職の手口はますます巧妙になり、KPKとのイタチごっことなりながら、汚職は「文化」として発展していくことになります。

トラスパランシー・インターナショナルによると、2016年のインドネシアの汚職度指数は37と過去最悪でした。ちなみに、1995〜2016年の平均は25.28であり、汚職度が最低だったのは1999年の17でした。

全員で汚職をしていた時代から、汚職して上手いことをやれる人とやれない人の不公正な時代へ来たのかもしれません。そして、汚職すると損する時代へ向かうのは、まだまだ遠いような気がします。

そして、実は、全国8万2395の村にも、こうした汚職は拡散していきます。村をめぐる話は、また次の機会に書きたいと思います。

(松井和久)

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