インドネシアでのビジネス、と聞くとどんなイメージを思い浮かべるでしょうか。様々なバックグラウンドを抱え、あえて駐在や留学ではなく、インドネシアでの起業を選んだ日本人は数多いです。今回から、そのなかでも、注目すべき人やビジネスに着目して、そうした起業家を紹介していきたいと思います。
今回、記念すべき第1回にご紹介するのは、Shinta VR代表の宋知勲(そうあきら)さんです。
VR(バーチャル・リアリティ)という言葉を聞いたことがある人は多いのではないでしょうか。専用のゴーグルを装着し、コンピューターが創り出す「人工現実」「仮想現実」へ自身が入り込む、近年話題の技術です。そこには体験した人にしか伝わらない魅力が確かに広がっています。
VRはイベントで体験して楽しむという一過性のものではなく、ポスト・スマートフォン時代における次世代インターネット技術となる可能性を秘めています。
5〜10年後には、VR(仮想現実)とAR(拡張現実)の先にあるMR(複合現実)という技術が主流になります。すると現在主流のスマートフォン端末がMRによるコンタクトレンズ型やメガネ型のデバイスへ置き換わり、端末上で起動したアプリやネットの情報を直接目に表示できるようになるかもしれません。
そんな未来へ向けて、 VRで新しいエンターテインメントを作っていきたい。宋さんは、そう語ります。
日本では、プレイステーション4でVRを楽しめるPSVRの販売から、最近はVR専門のゲームセンターがあちこちでオープンするなど、ゲームを始めとした色々な技術が応用されています。では、ゲーム以外ではどんなものに使われるのでしょうか。VRの魅力と、それをインドネシアで行う意義は何なのでしょうか。
以下、宋さんにお聞きしてみました。
●なぜVR?どうしてインドネシア?
(以下、問(大島空良)と一問一答式)
問 簡単な経歴を教えてください。
宋 大学ではコンピューターサイエンスを専攻していました。卒業後NTTデータに入社し、中国とのオフショア開発部隊の立ち上げや大規模システムのグループリーダーとして5年間、SEとして働いておりました。退社して半年後、Shinta VRを日本とインドネシアで立ち上げ、2016年1月に会社(PT)化して1年半ほどになります。
問 VRと出会ったきっかけ、起業に踏み切った理由は何だったのでしょうか。
宋 たまたま、2014年にOculus DK2というHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を友達の家で体験し、大きな衝撃を受けたことがきっかけでした。その出会いから、VRの体験イベントをやってみたいと考えて、六本木や新宿のバーなどで試してみました。それを体験したお客様の反応を見たところ、ビジネスに繋がるお話などを頂いたことで可能性を感じ、独立に踏み切りました。
問 インドネシアに来たきっかけは?
宋 小さい頃から両親の影響で、海外でずっと仕事をしたいと思っていました。その中でも東南アジアなどの成長市場に特に興味を持っておりました。大学時代のインドネシア人の友人の元を退職後に訪ねに行き、2015年の6月に初めて来ました。
FBでインドネシアのVRグループを発見したので、コンタクトを取ってみたところ、現在のCOOとなるアンデスと会うことになり、将来の展望を語るうちにすっかり意気投合しました。その後、たまたま縁があって、2ヶ月後、Anime Festival Asia (AFA)という10万人が集まるイベントでVRブースを出展することにしました。ブースは大盛況で、3日で8,000人がVRコンテンツを体験しました。ブースでVRを体験するユーザーの熱狂具合を見て、インドネシアでもやれるのでは?と感じたんです。
また、その後、インドネシアで会社化する前にいくつかプロジェクトを受注して売り上げが見えてきたことが法人化するきっかけとなりました。さらに、アンデスを始めVRに対してモチベーションの非常に高いメンバーと出会えたこともインドネシアでやろうと決めた理由でした。
問 VR技術と言えばそれをリードしているのはアメリカのシリコンバレーなどだと思いますが、開発環境に恵まれた国ではなくインドネシアに決めたのはどういった経緯があったのでしょうか?
宋 インドネシアでは当時VRをやっている会社がなかったため、今始めれば自分たちが業界の開拓者になれると思ったからです。徹底的にローカライズすれば常に1番のポジションであり続け、先行者利益で、後から来る競合者には負けないと思ったのです。
また、日本にも会社があることから、日本から最新の技術・デバイスなどもオンタイムでキャッチアップして取り組むこともできています。
●いい意味でゆるいマネージメント
問 会社の運営についてですが、マネタイズ面での苦労はありますか?
宋 立ち上げた当時は、会社の知名度も実績もなかったため、営業に非常に苦労しました。一年目は赤字でした。
問 B to Bで今後広げていきたい領域はどんなところでしょうか?
宋 今までは不動産や観光向けコンテンツのお仕事が多かったので、引き続きこの分野には注力したいと思っています。また、最近よく相談をいただくのが、研修や工場作業などの教育コンテンツです。 他には、ポスト・スマートフォン時代のプラットフォームとなり得るARkitやARCoreなども出てきたため、ARもキャッチアップしたいと思っています。
問 会社経営で、何か苦労したところはありましたか。
宋 日本方式での緻密なマネージメントはなかなか根付かず、辞める人も出してしまいました。日本のやり方を押し付けるのはよくないと思い、マネージメント手法を模索しました。その結果、いい意味でゆるいマネージメントをしています。ある程度ゴールとおおまかな期限を与え、チェックするようにしています。
問 Shinta VRのコンテンツで特に力を入れているものは何ですか?
宋 mindVokeというVRゲームを作っています。まだプロトタイプですが、インドネシアをはじめ、世界中にこのゲームを広げていきたいと思っています。 このmindVokeは「友達と一緒に楽しむ」をコンセプトにしています。Steamというゲームプラットフォームに年内にローンチする予定です。 後はVRアーケードもやっていきたいです。現在H.I.Sさんのジャカルタ市内の店舗にも導入が始まりました。今後モールであったりカフェであったり、色々展開したいです。
問 インドネシアの通信インフラはまだまだ弱いと思いますが、どういったところが特に課題だと感じられますか?
宋 たしかに通信がたまに落ちますね(笑)。なので、今はインドネシアのビジネスでは、ローカル環境で成り立つロケーショナルベースのVRアーケードを考えています。
●好きなこと、ワクワクすることを仕事にする!
問 宋さんは普段、どういった人と交流がありますか?
宋 インドネシアで起業されている方や企業の代表の方を中心に交流させていただいてます! 悩みを打ち明けたり、ビジネスアイディアを話しあったりしています。
問 インドネシア人スタッフとの交流で感じることは?社内ではどんな会話をされるのですか?
宋 社内イベントが非常に大事だと思っています。例えばランチを一緒にすることや社員旅行に行くことが大事ですね。普段の会話では、日本とインドネシアの文化の違いで盛り上がったりすることが多いです。
問 だんだん「プロフェッショナル」みたいになってきちゃいましたが、ご自身の仕事などの哲学を教えてください。
宋 好きなこと、ワクワクすることを仕事にする、それだけですかね。好きなことはパワーが出るし、辛いことがたくさんあっても、乗り越えられますから。
問 今後事業拡大に向けてどういった人員が欲しいと考えられていますか?
宋 世界に通用するプロダクトを作りたいので優秀なプログラマー、3Dデザイナー、あとはサーバーサイドのエンジニアを大募集しています。
問 これからインドネシアで起業を考える人へメッセージをどうぞ。
宋 インドネシアは2億5千万人以上の人口に加え、人口の半分以上が30歳以下という若い人が多い国でポテンシャルにあふれています。また、発展途上国ということもあり、日々の生活にも課題が多くビジネスチャンスがたくさんある国です。
起業をお考えの方、是非一度いらっしゃってみてはいかがでしょうか?その際はご案内しますよ!
●MR (VR+AR)は世界を変えていく!
いかがでしたでしょうか?
専門の知識がないと難しいことばかりですが、VRは、これから世界を確かに変えていく技術のようです。Shinta VRが取り組んでいるようにゲームだけでなく、すでに不動産や観光等数々の業界にも活用されているんですね。
宋さんの語るMRがスマホに代わる世界がいつ到来するのかはわかりませんが、その技術開発・拡散をShinta VRが世界へ牽引できたなら、日本とインドネシアの技術に対する世界の評価は大きく変わるかもしれません。
勿論VRはShinta VRだけでなく数多くのインドネシア・スタートアップが成長を続ける業界でもあります。現段階では、技術力でまだまだ世界には及ばないかもしれませんが、いつの日かインドネシアが世界のITを牽引するようになるかもしれません。
最近、Shinta VRは様々なイベント・ブースにも出展をしています。創造経済庁主催のHabibie Festival、Game primeにおいても、ブースにて自社コンテンツのmindVokeを体験してもらい、ユーザーの反応を直接聞いていました。
(Habibie Festivalにて。mindVokeを遊ぶ様子に釘付けの子供たち)
そんななか、宋さんのパートナーであるCOOのアンデス氏にも話を伺ったところ、次のような面白いコメントがありました。
「たとえば、市場ではテンペ(tempe)が人気だったとします。私はそこへ豆腐(tahu)を売りに来た商人です。どんなにこの豆腐が素晴らしくても、そもそも認知されなければ売れることはありません。私たちはこの豆腐を作りたいという人たちにノウハウを教え、一緒に豆腐の市場拡大を狙います。宋さんから提供される日本の最新技術などを合わせて、豆腐を揚げてみたり、味付けを変えたりして、常に競争に勝っていく。こうやって、インドネシアのVR業界を底上げし、牽引していきたんです」
(写真右側がShinta VR のCOOのアンデス氏)
こうした考えに基づいて、アンデス氏は今、創造経済庁の後援を得て、インドネシアのVR/AR組合を組織しています。
まだまだ世界的にも市場の伸びしろの大きいVR/AR業界ですが、インドネシアが世界にどう影響を与えていくか、注目されます。
(大島空良)
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