よりどりインドネシア

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インドネシア政府がロヒンギャ問題解決に積極的な本当の理由(松井和久)

2020年04月18日 12:46 by Matsui-Glocal

インドネシア政府は今、ロヒンギャ問題の解決に積極的な姿勢を見せています。ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領は、ロヒンギャへの人権侵害を非難するとともに、問題解決のために、インドネシアがミャンマーとの間で調停役を果たす意向を示しました。早速、レトゥノ外相をミャンマーへ派遣し、ミャンマーのアウン・サン・スーチー国家顧問と会談したほか、レトゥノ外相をロヒンギャの避難先であるバングラデシュへも派遣し、対応を協議しました。

こうした動きは、内政不干渉を基本としてきたこれまでのASEANのやり方とは相容れないように見えます。また、外交にあまり興味を示さないと見られたジョコウィ大統領があえてこのような姿勢を示すのは、ちょっと予想外の出来事でもあります。

他方、インドネシア国内では、とくにイスラム教徒の間でロヒンギャへの同情とミャンマー現政権、とくにアウンサン・スーチー国家顧問への批判が強まっており、それは穏健派とでもいうべき、会員数の多いナフダトゥール・ウラマやムハマディヤなどへも広まっています。スーチー女史のノーベル平和賞を剥奪すべきとの声さえ聞こえます。

インドネシアがロヒンギャ問題解決へ積極的な姿勢を見せているのは、ASEAN内での盟主としての立場を強化するためなのでしょうか。あるいは、純粋にイスラム教徒の権利を守りたいとか人権重視の観点からなのでしょうか。

筆者は、その姿勢の裏に少なくとも3つの現実的な理由があると考えます。ロヒンギャ問題は、インドネシアの今後にとって、極めて重要な問題だと政権に受けとめられているのです。それはなぜなのか。それら現実的な理由とは何か。以下、考えていきたいと思います。

●ミャンマーでのインドネシア国営企業のビジネス利権

インドネシアとミャンマーとのつながりは、インドネシアのスハルト時代、そしてミャンマーの軍政時代から続いていました。とりわけ、当時のミャンマー政府は、政軍一体で国家を支配したスハルト時代のゴルカル(政党としてのゴルカル党になる前の、職能別に組織された翼賛団体)について強い関心を示し、ゴルカルのような組織をミャンマーにも導入しようと考えていました。そして、インドネシア国軍は、ビジネス利権としてミャンマーの木材などに興味を示していました。スハルト・ファミリーでも、三男のトミーがミャンマーでのビジネスを手がけようとしていました。

スハルト政権が崩壊し、民主化の時代になってからも、ミャンマーとのビジネス関係は続きました。欧米日の先進国や中国が本格参入する前に、インドネシアはできる限りのビジネス機会をミャンマーで得ておきたいと考えていたのです。衰退する軍企業に代わって、その先兵として動いたのは、インドネシアの国営企業でした。

国営企業を先兵とするミャンマーへの働きかけは、現在のジョコ・ウィドド政権になってからも続いていますが、とくに、リニ国営企業大臣は、インドネシア・インコーポレイテッドの基幹として国営企業の競争体質強化を図っており、むしろ近年の動きはより活発化していました。

例えば、PT Bukit Asamはミャンマーへの石炭供給、その石炭を使う石炭火力発電所の建設、さらにミャンマーでの炭鉱開発を考えています。PT Wika Betonはミャンマーでのコンクリート工場の建設、PT Telkomは子会社を通じてミャンマーでの通信ライセンスを取得し、インターネット網提供や電話網整備を目指しています。PT AntamとPT Timahはミャンマー政府から鉱業開発権を取得し、BNIはミャンマーでのインフラ向け融資に意欲的です。

今回、レトゥノ外相は、ロヒンギャ問題の舞台であるミャンマーのラカイン州にインドネシアが学校や病院を建設することを明らかにしましたが、これはすでに建設中のものを再度表明したものにすぎません。それらの建設がロヒンギャ問題と絡めて表明されたのは今回が初めてであり、インドネシアのビジネス進出の見返りという意味のほうが大きいように思えます。

インドネシアの国営企業は、数少ない海外事業展開の場としてのミャンマーを重視してきており、ミャンマーでの成功を足場に、先進国がまだあまり目をつけていないアフリカなどへの展開を考えています。インドネシアの国営企業のビジネス利権を守ることは、インドネシア政府にとって極めて重要であり、ロヒンギャ問題の解決が必要となるのです。

●イスラム過激派・強硬派への対策

ロヒンギャ問題は、少数派への宗教を理由にした迫害と仏教・イスラム教双方の過激派・強硬派対策とが複雑に絡み合った問題となっています。ミャンマー政府がロヒンギャという言葉を認めないのは、その言葉の中にイスラム過激派・強硬派の関与を強く疑うからです。他方、長年虐げられてきたと感じるロヒンギャの人々が藁にもすがる思いでイスラム過激派・強硬派に望みを託すという面もあり、長年の差別とイスラム過激派・強硬派のどっちが卵でどっちがニワトリか、という水掛け論になり始めています。

インドネシアのイスラム教徒にとって、同じイスラム教徒のロヒンギャが迫害されているということを黙って見ていられない気持ちになるのはある意味当然かもしれません。彼らがイスラエルを批判し、常にパレスチナを擁護するのと同じレベルで、ロヒンギャへの同情を感じているのです。

ロヒンギャ問題の理解がそのレベルに留まっているイスラム教徒は、ロヒンギャを題材とした大衆行動へ容易に動員されることでしょう。イスラム教徒の動員力は、昨年来のアホック批判デモなどで見せつけられた通り、政治的な影響力を及ぼせる規模です。アホックが拘留され、政府側のイスラム過激派・強硬派への締め付けが厳しくなるなかで、大衆動員のネタは乏しくなり、求心力がなくなりかけていたところに、ロヒンギャ問題がクローズアップされました。イスラム過激派・強硬派にとっては、絶好の大衆動員の機会であり、彼らの思想をその中に流せるチャンスがやってきたわけです。

ジョコウィ政権は、そのことを重々承知しています。警察も、ロヒンギャ問題に関する大衆行動を利用して、政権批判を行おうとしている勢力を洗い出しつつあります。ジョコウィ政権がもしロヒンギャ問題に対して、ミャンマーの国内問題として口をつぐめば、ロヒンギャ問題は容易に政権批判へ転化します。そのことを計算して、ジョコウィ大統領は、ロヒンギャ問題の解決へインドネシアも関与することを国内外に示すことで、政権批判への口実を作らせない対策を狙ったと考えます。

●反中国感情への転化の可能性を抑える

イスラム過激派・強硬派による政権批判への転化は、実は、2段ロケットです。1段目は、ロヒンギャ問題の解決へ関与しない政権はイスラムへの配慮が乏しい政権である、という批判。そして2段目は、中国と癒着しているとの政権批判です。

ロヒンギャ問題との絡みで、注目されているのは、ミャンマーのラカイン州チャオピューから中国・雲南までの2つのパイプライン建設です。1つは、マラッカ海峡を通らずに中東からの原油を中国まで安全に運ぶためのパイプラインであり、もう一つは、ミャンマー沖で開発された天然ガスを中国へ送るためのパイプラインです。中国にとって、この二つのパイプラインは国家の最重要案件であり、中国がミャンマーに大きく肩入れする理由でもあります。

このパイプライン自体は、ロヒンギャ問題で注目されるバングラデシュ国境付近からは離れていますが、巨大プロジェクトの恩恵に預かれない人々の不満もあり、それがラカイン州内での不穏要因となります。ミャンマー政府にとっても、このパイプライン案件は、中国からの援助を引き出す上で重要案件であることは間違いありません。

真偽の程度はさておき、「中国のせいでミャンマーで問題が起こっている」という言説を、インドネシアの一部イスラム勢力が認識し始めた気配があります。実際、彼らは中国でのウイグル族迫害を批判してきています。

ジョコウィ政権は、地方インフラ開発で中国の支援を大きく受けているほか、高速鉄道問題などで一部では中国寄りという見方をされています。国営企業をミャンマーに進出させる主役のリニ国営企業大臣は、中国利権のキーウーマンとも見られています。そうなると、ロヒンギャ問題が中国と関係づけられ、インドネシア国内の反中国感情へ転化する可能性も考えておく必要がありそうです。

インドネシア国内での反中国感情については、ジョコウィ政権が2期目を迎えるかどうかをみていくうえでも、重要なポイントです。反ジョコウィ勢力は、ネタがなくなれば、それをイスラムと絡めて使いやすいからです。そうした動きが起こった場合、現在の外交状況からすると、中国はこれらの動きの裏に日本がいる可能性を示唆するかもしれません。実際、そう思われても仕方がないような事案をいくつか見かけます。我々も注意が必要だと思います。

●解決へ向けた持続的対応は難しい

このように見てくると、インドネシア政府がミャンマー政府にロヒンギャ問題の解決を求めた背景には、イスラム重視というよりも、国営企業のビジネス利権の確保とともに、政権批判への転化を抑えるという目的があったと考えられます。しかし、この機会を政権批判に活用したい勢力は、それを見抜いており、さらに圧力をかけ続けることになります。インドネシアが関わったからといって、ロヒンギャ問題が解決へ向けて急展開することは難しいからです。

ミャンマーのスーチー女史は、ロヒンギャ問題はミャンマーの国内問題だとし、インドネシアで大きく取り上げられることへ強い不快感を示しています。かつて海外からの人権侵害批判を無視したスハルト時代のインドネシアを思い出させます。

ASEAN内でインドネシアの単独行動が否定的に捉えられるならば、国連などの場で人権侵害を議論するまで持っていく覚悟はインドネシア政府にあるのでしょうか。また、インドネシア自身は人権侵害を批判できる立場にあると見られるのでしょうか。

いずれにせよ、持続的対応の可能性が見えない以上、今回のインドネシア政府の積極姿勢はやはりポーズに過ぎないということになり、新たな政権批判の材料となる可能性が出てくることでしょう。

(松井和久) 

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