「海の高速」と「我らの家」と書きましたが、いったい、何を表しているのか、ピンとこない方がほとんどだと思います。
「海の高速」(Tol Laut)というのは、現在のジョコ・ウィドド大統領が2014年に就任した際、基本政策として掲げられたものです。
彼によれば、インドネシアは海に囲まれた海洋国家であるにもかかわらず、海を十分に活用してこなかった。インドネシアの経済発展にとって大きな障害となるのは国内での物流コストで、とくに島々を結ぶ物流コストが高いことが高コスト経済構造の原因。これを改善するために、6ルートの海運上の主要航路にすべての国内の港湾を有機的に結びつけて、物流コストを低下させること。これを目指す政策を「海の高速」と名付けたわけです。
当初、「海の高速」は、海上に高速道路を建設することだとか、様々な解釈があり、しかも、国民の多くが「海の高速」という言葉を聞いたこともなければ、正しくコンセプトを理解していない、というのも現状です。
この「海の高速」を進めるために、運輸省から「我らの家」(Rumah Kita)というプログラムが出されました。このプログラムは何を意味しているのでしょうか。
今回は、この「海の高速」と「我らの家」について少し説明したいと思います。
●「海の高速」の中身
2014〜2019年の中期開発計画によると、この5年間に、「海の高速」の関連では、39.5兆ルピアの予算で24港を新設ないし整備し、28.15兆ルピアで83隻のコンテナ船を建造し、25兆ルピアで500隻の漁船を建造し、4.16兆ルピアで島々を回る26隻の周回船を建造する、といった内容を含んでいます。
対象となっている24港のうち、ハブの役割を果たす港は、ベラワン港またはクアラ・タンジュン港(北スマトラ州)、タンジュン・プリオク港(ジャカルタ)、タンジュン・ペラッ港(スラバヤ)、マカッサル港(南スラウェシ州)、ビトゥン港(北スラウェシ州)の5港です。これら5港をハブとし、残りの19港と結びつけながら、さらに対象となっていない小さな港と繋ぐ、という形です。
ただし、2017年半時点で、実際の成果は限定的です。現在、「海の高速」の名前で13ルートが41港を結んでいますが、そのうちの7ルートは国営船会社PELNIの運営するルートで、残りの6ルートは入札で民間企業へ委ねるとしています。また、「海の高速」の名前で実際に稼働しているコンテナ船は13隻で、民間によるコンテナ船の500隻以上という数字に比べると、まだまだ少ない数に留まっています。
「海の高速」は、現在の物流コストを20%低下させることを目標としています。
●運輸省の「我らの家」プログラム
2016年5月末、運輸省は「海の高速」を支持するための「我らの家」(Rumah Kita)というプログラム構想を発表しました。簡単に言うと、「我らの家」というのは必需物資の物流倉庫を指します。インドネシアの物流では、ジャワ島などからジャワ島外への物流量は十分あるものの、ジャワ島外からジャワ島への量は相対的に少ないのです。このジャワ島外からジャワ島への一定量の物流量を用意し、米などの必需物資を保管できる機能を持たせようとするものです。
運輸省は国営企業省と協力し、運輸省傘下の国営企業に対して、とくにインドネシア東部地域の港に「我らの家」を建設するよう命じています。計画では、13箇所を建設する予定ですが、その場所はまだ確定していないようで、色々変更されているようです。
2016年末時点で実現したのはナトゥナ(リアウ群島州)のみで、2017年にララントゥカ(東ヌサトゥンガラ州フローレス島)、タフナ(北スラウェシ州サンギル島)、ティミカ(パプア州)、マノクワリ(西パプア州)に「我らの家」を建設する予定です。
●ちらつく中国の影
「海の高速」と「我らの家」は、現政権の進める物流改革のインフラ整備事業ですが、多額の資金を必要とし、また十分な期間を必要とします。これらをインドネシアが独自に行うには、相当な民間部門との協働が不可欠ですが、やはり、ジャワ島外からジャワ島へもっとモノが流れる状況を作る必要があります。すなわち、地方開発が不可欠な訳です。政府は、新規の工業団地建設をジャワ島外に誘導し、ジャワ島外への首都移転さえも検討し始めています。
こうしたなか、実際にジャワ島外の各地で、誰が港湾などのインフラ整備をしているかとみると、中国資本が関わっている案件が少なくありません。2015年、中国は、インドネシアで24の港湾、15の空港、延長距離8,700キロの鉄道建設、を表明しています。また、地方都市での発電所建設にも多く関わっています。
「海の高速」構想が発表されたとき、実は、この構想と中国の「一帯一路構想」(いわゆる新シルクロード構想)との接合を意識した見解が数多く出ましたし、政府もまたそれを意識しているように見えます。
日本関係者の間では、実現可能性に疑問の残る「海の高速」や「我らの家」に関する関心が高いようには見えません。このため、ジャワ島外でのインフラ整備でインドネシアが頼れるのは、いつの間にか中国を置いてない状態になってしまっています。
中国は、インドネシア東部から東ティモールに至る海域を安全に航行し、太平洋へ出るルートを確保したいようにも読めます。インフラ整備だけでなく、外交・国防上の理由も含めた、中国の戦略が示唆されます。ジャワ島外の開発を進めたいインドネシアにとっては、そうした中国の思惑に乗る以外の選択肢はないというのが現実です。
(松井和久)
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