よりどりインドネシア

2017年08月07日号 vol.3【無料全文公開】

インドミーはなぜナイジェリアで成功できたのか(松井和久)

2020年01月20日 21:41 by Matsui-Glocal

インドミーというのは、インドネシア人なら誰でも知っている即席麺のことです。インドミーは1972年に即席麺ブランドとして登場し、国内最大の財閥であるサリム・グループのインドフード社が生産しており、インドネシア国内での即席麺ブランドとしては7割の市場シェアを持っています。

当時のスハルト大統領から小麦の輸入独占権を得たサリム・グループは、傘下のボガサリ製粉会社を通じて小麦粉を生産し、その小麦粉を使った川下製品を製造するという、垂直統合を進めました。インドミーは、その川下製品の一つとして、圧倒的な競争力を持つ製品として、インドネシア国内で受け入れられています。

インドミーの特徴の一つは、もともと、イスラム教徒が食べられるハラル製品であったことです。

今や、インドミーはインドネシア国内だけでなく、アメリカ、オーストラリア、カナダ、パプアニューギニア、日本、香港、台湾、東ティモール、ヨルダン、サウジアラビア、イラク、ニュージーランドなどへも輸出されています。それだけでなく、インドフード社は、世界の16工場で年間150億食を生産する、世界最大の即席麺製造メーカーと言われています。

インドミーを生産する16工場のうち、実は、3工場がアフリカのナイジェリアにあります。ナイジェリアでは、即席麺といえばインドミー、というほどの知名度で、かなりの数の国民がインドミーがインドネシア企業の製品だと知らないほどです。インドミーは、なぜそれほどナイジェリアで受け入れられたのでしょうか。

本稿では、その理由に迫ってみます。

インドネシア国内ではインドミーの高級版が売られるようになった(2016年8月撮影)

●インドミーのナイジェリア進出

インドミーがナイジェリアに初めて進出したのは1988年のことです。もちろん、まだナイジェリアで現地生産はしておらず、オランダなどを経由して輸入されていました。

もともと、1988年時点で、ナイジェリアには即席麺を扱う競合他社はなかったのですが、問題は、ナイジェリアには麺を食べる文化がなかったことでした。どうしたら、ナイジェリアの人々が即席麺を食べるようになるのか。

そこで、「即席麺は米やパンよりも健康的な食品」というアピールを進めました。このアピールのしかたは、1960年代の日本で即席麺が普及した頃のアプローチとよく似ています。また、子どもを主たるターゲットとし、"Indomitables"という漫画を作って流行らせ、その主人公の"Fantastic Four"が子どもたちの人気ヒーローとなるほどでした。

これまでに何度も経済危機に見舞われたナイジェリアでは、そのたびに米や主食のイモ類の価格が急騰し、国民の生活を苦しめていました。ところが、インドミーは経済危機になっても価格は安いままで、米1キロを入手するよりも、インドミーを入手するほうが容易だったのでした。主食が入手しにくくなってもインドミーがある、という安心感がナイジェリアの人々に響いたようです。

インドミーを生産する工場がナイジェリアに初めて設立されたのは、1995年のことでした。現在、チキン味、ネギ・チキン味、胡椒チキン味、東洋風焼きそばの4種類のインドミーがナイジェリアでは販売されています。

インドミーのナイジェリア進出は、サリム・グループの力だけで実現したわけではありません。実際、ナイジェリアのインドミーの工場を所有するのは、Dufil Prima Foodsという企業で、この企業はサリム・グループとシンガポールの企業グループとの合弁なのです。そのシンガポールの企業グループこそが、インドミーのナイジェリア進出で重要な役割を果たしたのでした。それは、トララム・グループです。

●サリム・グループを支えたトララム・グループ

トララム・グループはシンガポールに本社を構え、消費財、インフラ、流通、エネルギー、金融サービス、デジタル、繊維、不動産と様々な業種や分野でビジネスを行う企業グループです。

実は、トララム・グループのルーツはインドネシアにあります。1948年、東ジャワ州マラン市に設立された洋品店が最初で、設立者は、Khamchand Vaswaniというインド系の方でした。Tailor Tolaramという名の洋品店は、扱う生地や仕立ての良さで評判を上げ、事業を拡大していきます。1961年頃からインドネシア国内各地に支店を広げ、1965年にシンガポールへも出店、1973年にマラン市の隣のバトゥ地区(現在のバトゥ市)に工場を建てました。そして、1975年、本社をマランからシンガポールへ移します。

それ以降、トララム・グループはアフリカ市場、とくにナイジェリアへ進出していきます。ナイジェリアでは、インドミー以外にも、天然ガスから合成樹脂を製造する石油化学事業や多目的港湾の建設、ナイジェリアやイラン向けの大豆飲料製造、アメリカの大手食品会社ケロッグと合弁してのアフリカ市場開拓、など活発に動いています。

現在、75カ国と貿易しているほか、今度は、金融部門や不動産部門で古巣のインドネシアへの進出も進めています。

トララム・グループのような、ナイジェリアでのビジネスに強いパートナーの存在が、インドミーのナイジェリア進出を支えていたのです。

●ナイジェリアとの貿易でインドミーを支える

インドネシアのエンガルティアスト商業大臣は、7月にナイジェリアを訪問した際、インドネシア製品のナイジェリアへの輸出について、ナイジェリア政府と交渉を行いました。ナイジェリアは、外貨流出を抑え、為替安定を図るためにナイジェリアへの輸入を制限する傾向にあります。特恵関税の適用が難しいことから、インドネシア側は、ナイジェリアに対してカウンタートレードを提案したようです。

すなわち、ナイジェリアからインドネシアへ原油を輸出する代わりに、インドネシアからナイジェリアへ粗パーム油(CPO)を輸出する、というものです。実はこのCPOは、インドミー工場での活用を想定しているのです。インドミー工場では生産工程にCPOは不可欠であるものの、不足するため、工場の稼働率が3割程度に留まっているというのです。

●おわりに

インドミーのナイジェリア進出は、インドネシア企業の海外進出の成功例と位置付けられるでしょう。その成功要因は、垂直統合した強い経営基盤をもとに、ナイジェリアを熟知したパートナーと共に、競合相手のいない新規市場開拓を進め、ナイジェリア人がインドミーを自国製品と思うまでに認知させたこと、があるものと思われます。きっと、インドミーのナイジェリア進出は、日本企業がアフリカ進出を目指す際の有用なレファレンスとなるのではないかとも思います。

(松井和久)

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