はじめに
ロンボク島在住の岡本みどりさんによる連載「ロンボクだより」が始まりました。現地に住んでいるからこその温度感や雰囲気が伝わる岡本さんのエッセイを是非お楽しみください。
<岡本みどりさんの紹介> 2010年より2年間、青年海外協力隊・栄養士として西ロンボク県の母子栄養事業に従事。その後、現地の青年との結婚を機に北ロンボクに移住。義母・夫・娘との4人でのびのび暮らしています。ブログ:https://ameblo.jp/tabetekirei
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マンゴスチンの木の下で(岡本みどり撮影)
ロンボク島に来たばかりのころ、ゆったりした時間の流れが新鮮でした。しかし、それも束の間。大きな会議でのプレゼン資料の作成、保健所をあげてのイベントの準備・・・。何もかもが前日徹夜で行われることを、だんだん腹立たしく思うようになりました。
もっと前からできることがあったのに、なんで何にもしないのよ~!ムキーー!心の中で必死なときに限って彼らは言うのです。「みどり~。なんかシリアスな顔してるね!老けてみえるよ。笑」 いやいや、そこ笑うところじゃないだろ!
転機は、ロンボク半年目、ある村での妊婦向け栄養教室を行ったときに訪れました。
栄養教室は、地域の保健所の栄養課が主催していました。私はこの保健所でボランティア活動をしており、栄養教室にも帯同していました。教室は9時からでしたが、遅刻が相次ぎ、結局教室がはじまったのは10時。そしてこれは、ほかの村でも同じでした。
私は課長にそっと尋ねました。「ねえ、どうしてみんな9時に集まらないんですか?」
課長は参加者である妊婦たちにそのまま尋ね直しました。「今日遅れてきた人~。どうして遅れてきたの?」。
「家を出ようとしたら来客があって…」「子どもが風邪で…」。 いくつかの返事に課長は「そっか」とほほ笑んで、「次は9時に始めるから」と皆に念を押しました。参加者たちは「はーい!」と明るく返事をして、その日は帰っていきました。
私は課長に再び尋ねました。「どうして怒らなかったんですか?来客なんて、ウソですよね?」。課長は上を向いてハハハと笑いました。「そうだね。でもさ、みんないろいろあるんだよ」。
それはたった一言でしたが、すご~く高い塔の上から投げられた小石のように、ドンッと私の心を直撃しました。ああ、課長は全部わかってるんだ・・・。
ロンボクにながく暮らすにつれ、私も「みんないろいろある」ことを体感するようになりました。やれ子どもが発熱した、停電した、雨で家の前が洪水だ、ご近所さんが亡くなった、うっかり寝過ごした・・・と「いろいろある」のでした。
みなの前で言うには及ばない、恥ずかしい。だから何も言わなかったり、適当な言葉で濁したりしているのだな。課長はそのことをよくわかっていました。そして、課長は遅刻したことではなくて、いろいろあってもどうにかして来てくれたことにフォーカスしていました。道理で怒りもわかないわけです。
遅れることよりも遅れてでもやったことを認めるのがロンボク流。そうわかるまで、ずいぶん時間がかかりました。しかし、いったんわかると、この方法がいかに優れているかがよくみえてきました。
なんといっても他人を急かさなくていいし、自分自身も時間に追われません。時間のプレッシャーがゼロなのです。時間に束縛されて行動を決めるのではなく、あくまで生活が真ん中にあって、そのそばを時間が沿うように流れているだけ。なるほど、だからゆったりしていられるんだなあ。
ロンボクの人々が悠長すぎて腹がたつとき。私はこの出来事を思い出します。そして、みんないろいろあるんだとつぶやいて、それでもやってくれたこと/やろうとしてくれたことは何かをみつめるようにしています。
(岡本みどり)
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