よりどりインドネシア

2017年07月07日号 vol.1

イスラムにみる排他主義とラディカリズムの源泉は何か

2017年07月07日 20:38 by Matsui-Glocal

1万7,508個の島々に住む1,128種族が749種類の言葉を話すインドネシアは、世界有数の多様性に満ちた国家です。建国五原則(パンチャシラ)というふわっとした国家イデオロギーと、学びやすい国語であるインドネシア語を通して、国是である「多様性の統一」を実現してきました。

「他人と違うことはむしろ力なのだ」という人の多いインドネシアは、人と同じにすることを陰に陽に求められるような雰囲気の日本からすると、何でもありのまとまりのない国のように見えてしまうかもしれません。そんな「ごった煮」のようなインドネシアですが、人口の87%(2010年人口センサス)はイスラム教徒、一国の人口で見ると、世界で最もイスラム教徒人口の多い国でもあります。

インドネシアは、その国語を人口最多のジャワ人のジャワ語ではなく、貿易で使われていた海洋マレー語を基にしたインドネシア語にしました。多数派の意向のみを押し付けるならば、旧オランダ領東インド全体が一体化して独立国になることは難しかったからです。多数派の寛容が「多様性のなかの統一」を成り立たせてきたといってもいいかもしれません。

そんなインドネシアですが、このところ、イスラム教徒の一部が、多数派であるイスラム教徒の意向をもっと受け入れるべきだ、という主張を強め始めています。なかには、パンチャシラを止めて、イスラム法を適用すべきだと考える人々が増えていることを示唆するような報道も出てきています。そんな様子を象徴的に表したのが、昨年11~12月のジャカルタ首都特別州知事選挙に絡んで見られた、何万人ものイスラム教徒のジャカルタ中心部への動員でした。

選挙戦では、「イスラム教徒は非イスラムの指導者を選んではいけない」とか、「非イスラムの候補者を支持するイスラム教徒はモスクに入るべからず」といった話が聞かれました。これが単に選挙に勝つための方便であればよいのですが、こうした言説が現れる背景には、インドネシア社会の中で静かに進行してきているある深刻な動きがあります。それは、急進的な考えやISへの親近感を促す傾向ともつながり得ます。

この動きが、イスラムの排他主義とラディカリズムの源泉になっている可能性を見過ごすことはできません。そして、私たちは、そうした動きが決してインドネシアに特殊なものではなく、形を変えて、過去や現代の日本にも見られることに気づくはずです。

では、その動きとは何なのか。今回は、それに迫ってみたいと思います。

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